或る晩の夢

昨晩僕は夢を見た。靄<もや>に包まれた景色の中に一人佇んでいる。


辺りは静寂を着飾った住宅街の装いで生活音も無い。
歩みを進める僕の足音だけが聞こえる。


コツンコツンコツンコツン。


靄が晴れる兆しは無い。空は薄暗い。月明り丈が靄を照らしている。


コツンコツンコツンコツン。


歩き続ける。
靄の一部に光りが射した。

人の形が見える。足元はフワフワとして浮いてる様に感じる。
その人物の背後からは光が溢れ、全身に真っ白の布を纏っている。
布の隙間から覗く肌は布の白さに馴染むほどの純白だった。


カツン。


僕の爪先に木製の箱が当たった。
歩みを止める。
不図、声が聞こえる。


「其処に見える箱がなんだかわかりますか。」


「いいえ。」


「賽銭箱です。神の力の源です。」


「はい。」


「では貴方のお気持ちを示し下さい。」


「えーと。はい。日々正直に潔白で在る様に努めています。」

 

「そういう事ではありません。具体的に気持ちを示して下さい。」

 

「え。朝起きたら先ずお祈りをします。それから朝食を済ませ、教会にいき

 

「違います。そういうことではありません。」

 

「えっと……。日々御加護を頂き幸せに御座います。慈悲の心で私めも女神様のようにより良き人間として生きていく所存でござ

 

「違います。そういうことではありません。」

その時、僕の意識は現実の僕の元へ引き寄せられた。
眼球の奥の方で女神様の後光が未だチカチカと見える。
僕は飛び起きコンビニへ駆け出し財布をひっくり返して募金箱の中へドボドボとお金を注いだ。


何処からか声が聞こえる、柔らかな女性の声だ。


「違います。そういうことではありません。」

 

Saca Nowe Hiroea